2012-09-26

航海訓練所研究発表会(第12回)

独立行政法人 航海訓練所の第12回研究発表会に参加し,9本の研究発表を聴いた。


開会挨拶 理事長 飯田敏夫氏
航海訓練所は実習生に対する教育訓練、練習船の運航と維持管理を行なうとともに、船員教育訓練・船舶運航技術ならびに国際条約に関する調査研究を行なっている。
所外諸機関との共同研究も進めており、本年は独立行政法人化後12回目の研究発表会開催となった。今回はSTCWマニラ改正に関わる研究を中心に9本の発表を行う。これらの研究に対して忌憚のないご意見をいただきたい。


発表1  救命艇降下揚収作業実習の訓練効果の向上を目指した新たな試みについて
-リスクアセスメント手法を応用した新たな試みについて-
SOLAS条約要件(5分以内に進水させるように積み付けること)
船舶救命設備規則(振出し及び降下を安全かつ迅速に行えること)

船舶職員には救命艇を迅速に降下させる能力が求められる。

リスクアセスメントを応用した手法により実習生に救命艇降下作業要領を改善させる訓練を実施した。
リスクアセスメント手法(risk assessment:リスクの大きさを評価し、そのリスクが許容できるか否かを決定する全体的なプロセス)

(1)本船で定めている「救命艇降下作業要領」を習得させた。
(2)リスクアセスメントについて講義を行った。
救命艇降下実習を行い、その内容に対してリスクアセスメント手法により作業要領を改善させた。
(3)教官によってさらに作業要領を改善し救命艇降下作業を実施した。

知っている知識からできる技術の習得に繋げる。

【感想】
救命艇降下作業の改善を実習生に考えさせ、改善した作業要領を実際に行って評価することは、救命艇降下実習を「やらされる実習」から実習生の主体的な学習に転換したものとして興味深かった。
学習環境デザイン研修講座(横浜国立大学有元典文教授が提唱するRISP(Reality, Identity, Significance, Participation))の考え方とも通底するものがある。


発表2  ECDIS訓練教材の作成及び訓練手法の研究
ー簡易航海情報記録システムの開発ー
ECDIS(Electric Chart Display and Information System)
STCW条約マニラ改正(2010年)によりECDIS訓練が義務化された。
当所練習船に適するECDIS教材を作成し、訓練・実習を行なって効果を評価検証した。
船橋に1台設置しているECDIS実機では多人数の実習を行えないので、教室でデータを再生できるように簡易公開情報記録システム及び簡易公開情報再生システムの開発を行った。
この教材による授業は条約が求めるECDIS訓練としては認められないが、
①多人数教育に対応できる
②航海士がコースラインの作成・改補を行なって再生できる
③航海当直のレビューを行なうことができるなどの効果がある。


発表3  効果的な航路見学手法に関する研究
航路の学習は実船の航行や操船シミュレータなどを用いて各船で相当の取り組みをしてきた。
タブレットPCやスマートフォンの普及によりこれらを用いた教材を開発すれば、場所・時間の制約にかかわらず自学自習できる。
タブレットPCに導入することを最終目標として来島海峡航路航行の事前学習ソフトを開発した。

【感想】
視聴覚教材の開発は、(スライド、OHP、TV、ビデオ、PC、プレゼンテーションソフト、動画編集ソフト)など視聴覚機器の発展と関わりが深い。特にタブレットPCは持ち運びに便利でほとんど瞬時の起動ができるなど、教具としての発展性が大きい。教室への普及も進むものと思うが、同時に教材の開発も大きな課題である。


発表4 船舶共同通信システムに関する研究
-Class D 国際VHFの現状と、実習訓練への応用可能性-
国際VHF:義務船舶局では必ず設置されているが、漁船やレジャーボートなど非義務船舶局では法的搭載義務がない。
商船と漁船・レジャーボートの間では国際VHFは危険回避の通信が困難だった。
大型船と小型船の共通の通信システムがないことが衝突事故の原因となっている。
電波法改正(H21)で船舶共通通信システムが導入され、比較的簡易に特定船舶局の免許が可能になった。
これらを踏まえ、国際VHFクラスDの現状を、漁船の現状、海岸局、マリーナなどの船舶局について調査を行った。
また、国際VHFシミュレータを利用した実習を行った。

DSC機能:Digital Selective Calling(デジタル選択呼出し装置)


発表5 ERM訓練の訓練評価方法に関する予備調査の実施について
STCW条約マニラ改正(2010年)によりERM訓練が強制要件となった。
ERM実習訓練の評価シートを試作し、予備調査を実施した。(各能力要件が達成できたかどうかの評価)
ERM能力要件及び評価基準を4項目に分類しているが5項目を追加した。
① チーム形成・維持(コミュニケーション)
② 意思決定
③ 情報の理解・共有
④ 状況認識力
⑤ 技術的技能(追加)

発表6 インストラクタの視点によるERM訓練評価方法の検証について
ERM訓練の訓練評価方法に関する検証(評価の難易度、労力、評価可能な頻度)を行った。
各実習において、適切に評価が行えるか、評価する場面が充分にあったかなど。
教えることと評価することの境界がわかりにくいなどの課題がある。


発表7 Engine-room Resource Management の基礎教育について
ERM義務付けに対応するため当所においてもカリキュラムの見直しや訓練方法の検討を行なっている。
実習生にERMの基本知識(①ERMとは何か,②構成要素は何か,③どのような訓練か)と訓練への動機づけを行なうための取り組みを行った。

【参考】
ERM(Engine Room Resource Management)およびBRM(Bridge Resource
Management)
航空業界のCRMから医療現場に、そして船舶(BRM,ERM)に拡張されてきた訓練方法である。航空業界は危機管理に対する研究が長年にわたって行われており、その内容も進んでいる。
最近では航空業界から始まった「CRM」という訓練方法が、医療におけるリスクマネジメントにも取り入れられてきている。
(注)CRMとは:Crew Resource Managementの略語で、『安全運航を達成するために、操縦室内で得られる利用可能な全てのリソース(人、機器、情報など)を有効かつ効果的に活用し、チームメンバーの力を結集して、チームの業務遂行能力を向上させる』というものである。
平成12年4月から、国内で運航を行う全ての航空会社のパイロットに対してCRMに関する訓練が義務付けられた。


発表8 データベースソフトを活用した業務効率化に関する研究
東洋エンジニアリング株式会社が開発したKBW(Knowledge Bank Web)を機関部整備作業の管理に供することが可能かどうかの検証を行った。
熟達者から初心者への技術の伝承が困難になってきている。
整備作業・保全作業において機械の様々な状況から故障原因や過去の整備記録を参照する技能は暗黙知に属することが多い。
このソフトウェアは「キーワード1画面法」と呼ばれる手法によって過去の記録を検索可能である。
1船独自でなく船隊全体での共有が望ましい。


発表9 機会部品に生じた亀裂部の補修材修理の事例について
-雑用・制御用空気圧縮機エアクーラに生じた亀裂部の修理-
制御空気圧縮機のエアクーラの亀裂を「ポリウレア樹脂塗装膜施工」によって修理した。
エアクーラには伝熱面積を大きくするためのフィンが多数取り付けられている。
そのため、亀裂部を溶接によって修理することは極めて困難である。
従来は遊園地などのアトラクションの防水加工に用いられていたポリウレア樹脂を機械に適用した。
腐食甲板、タンクトップ、ビルジハットなどの補修にも有効と考えられる。


閉会挨拶 理事 神田一郎氏
実習訓練と船舶の維持管理業務を並行して行いながら、練習船の教育訓練・船舶
の管理及び運航技術・海上労働・船員の健康、国際条約であるSOLAS、STCW条約
関連(BRM、ERM)などに関して当所独自の研究や所外諸機関との共同研究を行い、
年に一度の研究発表会を実施している。実習手法、評価手法も研究するようにな
ってきた。今年は発表がやや少なかったが、今後さらに充実させたい。
自然環境の中で船酔いを克服しながらの実習は、教官だけでなく自然環境が教え
てくれていると実感している。


0 件のコメント: