2010-06-19

第3回納得研究会(2010)

 青雲丸(独立行政法人航海訓練所練習船)を会場として,2010年第3回の納得研究会が開催された。本船は航海訓練所所有の練習船では最大出力(馬力でいうと10500PS)を誇る。練習船では初めて階段教室を採用し,スポーツドームも備える。日本の実習生(東京海洋大学海洋工学部,神戸大学海事科学部,商船高等専門学校,海技大学校,海上技術短期大学校,海上技術学校)のほか,フィリピンやインドネシアからの実習生の教育も行っている。


練習船青雲丸


青雲丸の予備アンカー,3685キログラム


船橋のウイングにあるコンパス,むこうにレインボーブリッジが見える


研究会と船内見学を終えて


 まず船長から、乗船中の安全上の注意についての説明があった。停泊しているとはいえ,水に浮いている船なので,万が一の事故に備えてのこと。
火災の場合には長音5声,沈没しそうなときには短音7声長音1声の非常ベルが吹鳴するので,その場合には乗組員の指示に従って行動する。

報告1 青山学院大学大学院 吉岡さん(元都立高校情報科・理科教員)
 実践のコミュニティ(Communities of Practice)の視点から教員の職階制について考察した論文(「認知科学との協働による学校教育のイノベーション」「学校教育のイノベーション再考」,ともに認知科学会論文集 VOL.16-NO.3,VOL17-NO.2)の解説
 教員組織に職階制が導入され,学校が「なべぶた組織(校長ー教頭ー教諭)」から「官僚的組織(校長ー副校長ー主幹教諭ー主任教諭ー教諭)」に変わったことについて考察した。
 教員を官僚的なトップダウン的な組織に置くことは「教育行政の実践のコミュニティと学校現場の実践のコミュニティを断絶」させることになるという考え方。
 職階制(社長ー重役ー部長ー課長ー係長ー主任)は企業では当たり前で,それが学校にそぐわないとなぜ言えるのか?という質問に対する回答をまとめた論文である。
 そういう疑問は当然で,軍隊や会社、一部の物理学者のコミュニティも、トップダウンだから、それを全否定するわけではないが、 Lave & Wenger の「正統的周辺参加論(LPP)」や Etienne Wenger の「実践のコミュニティ(COP)」に基づいて,)教員組織にはなじまないと主張した。
 学校の中にはいろいろな組織がある。教科ごと、学年ごとなど。それらのコミュニティを横断することが大切である。職階制のひとつの理由は教員の育成が問題から。昔は、経験豊かな教員の姿を見て、その人の手ほどきを受けて・・・というぐあいに教員としてのキャリアを積んできた。教科についても同じ。職階制はこれらの教員文化を壊すのではないかと思っている。

参加者からのコメントと応答など。
 :製造業との対比,製造業は仕事の成果がわかりやすい数値となって現れる。今日の仕事があしたの成果となる。しかし,教育は成果が見えにくい。教員に自己目標を立てさせ,年度末にその成果をまとめさせるような,会社組織の業務形態を教員組織に持ち込むと,「検定試験の合格率向上」「大学に何人合格させる」といった数値目標を掲げることになる。そういった一連のことと関連しているから教員組織への職階制はなじまないという論には賛成できる。
 :今のことは,心情的にはわかるが教員組織が会社組織とは異なっていなければならないことの証明にならないのではないか?
 :教授論では内容と方法,系統性と順序性,学習論は生徒の側から。保護者は先生ならみな教えられると思っている。教えてもテストの結果にすぐには現れない。二項対立でもって教育は語りきれない。生徒と一緒に歩むことによって理解が進むのだと思う。実践性が必要。理科の知識を教えるのではなくて理科の実践をする。デューイの生活中心カリキュラムとブルーナ学問中心カリキュラム。官僚的な教員組織では,学ぶ共同体がないのでそれらがつぶれてしまう。
 :認知的徒弟性には,質の差がある。いい親方につくと良い結果が、悪い親方につくとだめと言うあたりはずれがあるからではないか。
 :官僚制にすれば管理しやすいということか。だからトップダウン組織にしようかという発想が出てきたのか。
 :ヒーローがいればいいということになってしまう。
 :企業にいたときに経営規格部にいたことがある。社員に提案すると言う業務、研修業務を行っていた。博物館の展示を作る、教育プログラムを作ると言う組織。社員は全員プロデューサーとしての役割がある。社長、副社長、部長・・・という組織であったのは当たり前。 プロジェクトは社員が組織するが、トップダウンとの二重構造だった。一番下の人の提案がトップに行くこともある。プロデューサーとファシリテーターがいる。その二人のセット、会社なら営業もセットになる。その3人で物事を進めていく。ファシリテーターにかなりの能力がないとできない。
 :物理学者の大きなプロジェクタにはそれがある。そこのコーディネーターがまとめる。
 :修学旅行ならばその責任者がリーダーになる。教員にも階層はあるが、職階制ではなかった。
 :製造業に勤めているが、階層構造があって、管理する立場と管理される立場がある。その他にコミュニティがありうるのではないか。管理しやすさのために。たとえばデザインする人が300人いる。その人はデザインを描く。製造業とも違う。階層構造はある。新人には親分がいる、中堅層。年齢とは違うところで。先生の質が下がったからこの構造になったからならば、先生の質を上げる方策をとればよいのではないか。こういう体制になれば先生の質が上がるとも思われない。
 :「先生の質が悪くなった」というのは教育委員会が言ったことなので。先生と言うのは長いスパンで評価されるべきだ。東大に何人も入れた先生はえらくてそうでない先生は無能なのか。
 :問題の根本は、「先生の質を上げろ」という議論があるとき、そんな必要はないという開き直りが必要なのではないか。旧体制と新しい体制、その下には常に生徒がいる。生徒の立場からは、先生のことなんてたいして期待していない。巻き込まれて管理体制に組み込まれてゆく。
 :「先生の質なんか関係ないと」いうのはかなり良い諦観だ。我々はマクドナルドではない。
 以上のように議論百出であった。

報告2
「練習船実習における教授学習過程 -認知的道具の役割と分析-」
独立行政法人航海訓練所 青雲丸船長 熊田、二等通信士 坂
 練習船実習の概要、および実習の役割について報告する。
(1)熊田船長より船員の教育訓練の紹介
航海訓練所、練習船5隻 帆船2、ディーゼル2、タービン1
我々が主に教えている学生は商船に乗る。彼らの仕事をビデオで紹介。
NYK(日本郵船)の自動車専用船を舞台にした「海の上のプロフェッショナル」というビデオ上映。北海道から東京湾までの航海。霧の中の航海、船乗りが最も嫌う。霧の中を前方に横切り船。ステアリングを自動から手動に切り替える。機関部、機関のスタンバイ・・・霧の中ので前方の横切り線を避航するための緊迫感ある映像。このような経験をひとつひとつ積んで,新任の三等航海士は一人前に育ってゆく。
 日本人船員に求められるもの。
 外航船員 国際感覚を持ち,外国人船員とも意思疎通ができる。
 内航船員 即戦力としての基礎的な技術、技能を持ち、年齢層の広い乗組員に対応できる。
 航海訓練所では,日本の商船系統の学生の他に、フィリピン、インドネシアなどの実習生の訓練もおこなう。
 帆船実習:判断力、注意力、協調性などを共同作業を通じて育成してゆく。
 汽船実習:商戦で実際に行われている場面に近い実習を行う。
 海技教育:生活の場と仕事の場が常に一緒、長期間同じメンバーで過ごす。
 操船実習と操機実習、ピストン抜き実習・・・計画立案も実習生におこなわせる。
 海技とは・・・船舶職員として必要な技術。
 この技術は単に船を動かすための技術にとどまらず、海で生活をしていくすべについても身につけることが必要となる。教官や上司から教えられるものに加えて、自然環境から教えられることも多い。
 SeamanShip:本来は運用術なのだが、日本の「シーマンシップ」のような意味合いで外国でもこの言葉をつかうようになってきた。
 「スマートで、目先が利いて几帳面、負けじ魂これぞ船乗り」
 三頭航海士時代、船乗りは口八丁手八丁でないとだめだと言われた。いろいろなことを同時にこなすということ。
 基本となるもの(責任感と積極性)
 運航技術上特に必要なもの(注意力と判断力)
 船内生活などで必要なもの(協調性と規律)
 3Kと言われるが次のように言い直している。
  きけん→  きれない
  きつい→  くじけない
  いたない→ こわれない

(2)坂二等通信士より「認知的道具の役割」として,船橋での実習をビデオ撮影し,その分析についての報告。
 「一般商船で帆船を使っていないのに、なぜ帆船実習が必要なのかという質問が一番多い」。負けじ魂だ、気合と根性だといってしまえばすむが、それだけではない。その質問に理論的に答えたくて研究を始めた。
 実際に乗る船は、一般商船。その職場で必要となる資質能力を育成しなければならない。
 帆船を道具に実習することがベターだという答えを出したかったのだが、活動場面を絞って研究し,実習生がどのような学びをしているのかということを考察した。
 練習船自体が道具である。教室、エンジン、航海をおこなうための設備すべてが教材であり、道具である。それらを使いこなせるようになることだけが練習船教育なのか。練習船にある道具は他にも学習機会を与えているのではないかと思った。
 ビゴツキーの「媒介の三角形」,八ッチンスの共同作業の研究・・・これは海軍。
 練習船独特の環境があるので独自性ある研究ができると思った。
 操船場所、海図室、見張りの場所。
 ビデオカメラを構えて実習生を撮影する。

例1 津軽海峡で(新潟から函館への航海)
 潮流に流されているから、それを回避する操船をしなさいという課題。船橋での航海士と実習生の会話分析。
 「どうだポジションは?」という発話だけで、本来いなければならないところからどれだけずれているかという質問だと理解している。
 実際にいなければならないポジションからずれているのでコースを修正しなければならないが,実習生は始めににコースの変更を「21度」と答える。すると一等航海士は「21度?だったら切りのいい」と発言する。それを受けて実習生は「20度」と答える。
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 ここには,コースを指示する航海士役の実習生(これを副直という),その指示に従って舵を操作する操舵手(これも実習生に行わせる)がコンパスを見るときの数字の刻みの見やすさ(20度,25度などは見やすくなっているがその間の細かい刻みは数字が書いていなくて見にくい)に対する配慮があり,この短いやり取りだけで副直は一等航海士がそのことを指摘しているのだと理解している。
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例2 入港の操船で,船長と実習生,次席一等航海士,次席三等航海士の会話分析。
 船長が命令を出すと必ず航海士は復唱し,復唱が正しければインターホンやテレグラフ(エンジンの出力を機関室に指示する装置)によって船長の命令が伝えられる。
 副直の実習生がその命令を間違えて,前進の指示を受けているのにテレグラフを後進に操作すると,すかさず次席三等航海士がテレグラフの操作をやり直す。
 次の場面では,船長が「スロー アスターン ツー」と命令したのに対して次席三等航海士が「スロー アスターン ツー」と復唱する。
船長は「デッドスローアスターン ツー」と命令を訂正する。
副直の実習生が「スローアスターン ツー」と訂正前の命令を復唱する。
次席三等航海士は「デッドスローアスターン ツー」と訂正後の命令を発声する。
副直は「デッドスローアスターン ツー」と訂正後の命令を復唱してテレグラフを操作する。
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 復唱・・・操作の調整機能もある。(正しいことの確認だけでなく)。
 完全なOJTでもなく完全な学校でもないのが練習船。
 教官も実習生とかかわりながら学習しているのではないかと思った。
 実際の出入港操船でオーダーを出せるのは船長だけ。ならば船長になるまでオーダーを出せないかと言うと、航海士は復唱することを通してオーダーを出す練習をしていく。
 船内では教官と呼ばせずに、職名で呼ばせる。それぞれの職に役割があるから。
 船会社は、実際の船は少人数で動かしているのだから、少人数教育がいいに違いないと言うが、教育効果としてはある程度のグループサイズのほうが効果があると考えている。
 例2では,船長のオーダーを間違えた実習生は次席三等航海士に操作を取られてしまうが,それは残りの19名が見ている中でおこなわれている。

商船乗りは海を道路と思う
漁船乗りは海を畑だと思う
プレジャーボートの人は海をグランド、ゲレンデだと思う。

参加者からのコメントと応答など。
 :アマチュアだとレベルにバラ付があるので、夜にはベテランがワッチを取るなどがあるが、プロの場合には階級で組めばよいのか?
船長: ある。船で難しいのは朝晩。日出時と夕暮時は船が見難いので、ベテランを。8-0は経験の浅い航海士を。ただし、霧が深いときなどには船長や一等航海士が臨時に(下位の航海士の当直に一緒に)入ったりする。
 :学生を教えるに当たって、以前と方法が違うことがあったりするのか?時代が変わって。
船長:国際的になってきた。我々が学生のときは日本人船員だけだった。15年位前から外国人が乗るようになって来た。今はひとつの船に二人くらいしか日本人が乗っていない場合もある。学生の本質は変わっていないと思う。
 :今の商船は、専属の通信士は乗っていない。誰がするかというと航海士がしている。自分が入所したころは、通信士が乗っている最後の頃であった。
 :使える英語になるのに,勉強の得て不得手が関係あるのか?
 :実習では使える英語にはならない。彼らが、実際の船に乗って、責任を担うようになってから使えるようになっている。
 :フィリピンの学生は英語がとても上手い。それなりに会話はできている。英語の能力が上がったからというより、フィリピンの学生が、日本の学生とコミュニケーションを取れるようにしてくれている。言い方が通じないと、何度でも言い方を変えたり、質問の視点を変えたりしてくれている。
 :晴海のマリナーズコートの2回に展示室があったが、それのプロデュースをした。近代化船が増えている時代だった。昔と近代化船になってからでは実習方法にも違いがあるのだなと思う。天測も、GPSがあるからいざと言うときに必要なのかもしれない。帆船を使う意味を教えてほしい。
 :天測実習にかける時間は、昔の三分の一くらい。国際会議では天測不要論も出た。それに対してアメリカ日本イギリスは必要と言った。北欧系は不要と言った。非常事態に必要だから。
 帆船実習は航海時間が短くなった。以前は3ヶ月の航海をしたが、最近は短くなっている。私は帆船は長く乗らないとわからないと思う。風に逆らってはいけないなと言うことを実感した。風を利用するという考え方。
 :機関室の実習風景とずいぶん違うと思った。機関科の実習では,機関の準備(ウォーミングアップ)と機関終了後の操作(クーリングダウン)のときに,先ほどの例のような場面がある。実習生に指揮を取らせる。それは,やり直しをする余地のある場面だから。たとえば,発電機が停止して停電してしまったような場合の実習では,安全な海域で,そのような場面を人為的に設定して,その上で行わないと危険だ。その点で,出入港や避航操船,コースの訂正などの場合の船橋の実習と機関室の実習ではずいぶん違うのだなと思った。
 :機関室でもビデオ取りしようと思ったが,機械の音が入ってしまって,会話分析ができなかった。

 その後船内見学。実習生居住区の通路から機関室が見えるようになっているところ,すばらしい。また,ギャレーと実習生食堂,士官食堂,乗組員食堂を至近に配置しているのは合理的だと思った。
 見学者から「船は距離の単位になぜマイルを使うのか」という質問があった。これは地球の経度を基準にしているからという答えだったのだが,「でも,入港の場面ではメートルで指示していたのはなぜ」という再質問。これに対して,海図の上ではマイル,岸壁が近かったり眼で見える範囲などではメートルを使うようですとの通信士の答えだった。この再質問は面白かった。
 また,六分儀の説明では,船長から星と星座の説明があったが,これはとてもロマンのある話。機関士だった私は10分の何ミリみたいな話ばかりで星の話ができないのは残念だ。改めて勉強しようか?と思ってしまう。
 久々に練習船と海の空気を吸って,自分が機関士だった頃のことに思いを馳せた。士官居住区の名札に懐かしい名前を見つけたが,みな「三本線」以上になっている。歳月の隔たりを感じた。


 研究会のあとは懇親会,懇親会二次会で仕上げ。
 充実した1日だった。

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