横浜に用事があったのでついでに
日本丸メモリアルパークに立ち寄った。1983年12月から1984年5月末までの短い間だったが三等機関士として乗船した懐かしい船だ。その年,私は6月から陸上勤務となり,本船は9月で練習船としての現役を退いたので,残念ながら最終航海には乗っていなかった。
また,この日本丸が停泊しているのは
旧横浜船渠(後に三菱重工業横浜造船所となった)の1号ドックで,私は1979年の3月中旬から3ヶ月間ここで工場実習をさせていただいた。いまのみなとみらい地区のほとんどが三菱重工業横浜造船所で,今ではこの1号ドックと公園・レストラン街になっている2号ドックだけがその名残をとどめている。
今日は日本丸には乗船せず,メモリアルパーク周辺に野外展示されている史跡を見て回った。こうした展示物も,技術史の一端を見ることができてとても興味深い。
後姿もまた美しい
今日は展帆の日ではないけれどこんな日のほうがすいていて良いかも知れない。
メイン・トップゲルンマスト。白く塗ったトップを「トラック」という。
第二次世界大戦中,日本丸・海王丸はすべてのヤードとトップゲルンマストをはずして船体を黒く塗装し,国内の航海実習を行っていた。戦後になって帆装を復旧するときに,三重県北牟婁郡の樹齢200年と推定される檜(ヒノキ)を加工して取り付て40年ほど使用していたが,腐食が激しくなったため1990年に吉野檜のマスト材に取り替えたのだそうだ。(メモリアルパークの説明版から)
マストを下のほうから見たところ。鋼製マストの上にこのトップゲルンマストを接続していた。
ドックから海水を排水するためのポンプのケーシング。とても大きなポンプだ。
空気ポンプ:造船所の空気式工具などを使うための圧縮空気を作る空気圧縮機。CHICAGO PNEUMATIC TOOL CO.という名盤が見える。
動力は電動機を使っていたようだ。
ストックアンカー:これは日本丸で使われていたものではない。
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